有機農家によって人知れず自家用としてつくり続けられてきた大豆、それが「八天狗」です。
この大豆は、農林水産省の農業生物資源研究所がゲノム解析をしたところ、データベースにも記載されていない、日本古来の「幻の」在来種であることが判明しました。
いま八天狗は熊本県山都町にある水増集落を中心に、無農薬無肥料の自然栽培による作付けを増やしています。納豆、煮豆、味噌、そして豆乳などに加工しても堪能できる独特のどっしりとした深みのある味わいは地域の人たちに愛され、食卓の定番となっています。
その名称の由来は謎に包まれていますが、修験道とのつながりが考えられます。古くからの伝承では、天狗のうち、特に神に近い神通力を持つとされる大天狗は「八天狗」とよばれ、信仰の対象とされてきました。水増集落では八天狗を醤油と砂糖で甘辛く煮た「座禅豆(ざぜまめ)」という料理があります。「天狗」と「座禅」からの連想として、修験道の人たちが力を得るために育て、食してきたのではないか。
そんな由来に思いを馳せながら、水増を中心とする集落の人たちはこの在来種大豆を大切に受け継ぎ、育てています。
熊本県山都町水増集落は、熊本空港から車で一時間ほどの山あいの小さな集落です。平安時代から八百年を超える歴史をもつこの集落には、十世帯十八人が暮らし、棚田では黒米などのお米、だんだん畑ではさまざまな野菜や果物が実ります。
平均年齢七十歳を超える集落のみなさんには、夢があります。それは、この集落を、「幸せ実感日本一」の集落にすること。子どもたちが帰ってくるのはもちろん、都市に住む人たちに生きるよろこびを届けられる桃源郷にしていきたい。そんな思いを胸に、水増集落ではさまざまな取り組みがスタートしています。
その中心となるのが、共有地のソーラーパーク。東日本大震災のあと、再生可能エネルギーの必要性を感じた集落の人たちは、熊本県のマッチング事業を通してメガソーラーを設置したいと考えました。メガソーラー設置に名乗りを上げたのは十数社の企業。その中で、集落の人たちはテイクエナジーコーポレーションをパートナーに迎えることにしました。決め手となったのは、売電収入を生かして集落の再生を図ろうという提案でした。
さんさんと降り注ぐ太陽の光で電気をつくる。そこで得られた収入で、集落のあたらしいかたちをつくっていく。その目玉となるのが、在来種大豆「八天狗」の栽培です。熊本に伝わる幻の在来種大豆を無農薬無肥料の自然栽培で育てる。そして、熊本の企業とともに商品として加工し、都市に届ける。水増のゆたかさを発信することで、農村と都市とがその恵みを分かち合い、ともに支え合うモデルをつくっていく。幸せ実感日本一への集落の夢は、いま、幻の大豆とともに実現に向けて動き出しています。
幻の在来種大豆「八天狗」と水、にがりだけでつくられた、しっかりとした食感と、深みのある味わいの木綿豆腐です。2018年、九州・沖縄地区豆腐品評会にて銀賞受賞。
熊本で長年にわたり納豆づくりを磨いてきたマルキン食品が八天狗納豆の製造に取り組んでいます。 じっくりと熟成・発酵させることで、大粒で、深みのあり、いちど食べたら忘れられない味わいの納豆に仕立て上げました。
地元では「座禅豆」と呼ばれる甘辛い煮物にされることもしばしば。また、濃く、まろやかな味わいは、風味のよい味噌にしても美味しく、豆乳はシフォンケーキなどの洋菓子に使ってもまろやかな味わいに仕上がります。大豆らしいコクのある八天狗は、食品の個性を引き立てる食材といえます。
八天狗のメニューが食べられる場所やイベント、商品の情報などは、随時「お知らせ」にてお伝えします。
グラフィックデザイナー
東京工芸大学教授
東日本大震災の復興支援で、これまで50回以上東北に通い続けています。
東北は震災以前から経済的に崖っぷちの状態でした。復興には幾つかのフェーズがありますが、経済的な復興はとても重要です。
水増集落にお伺いすると日本人が大切にしてきた棚田の美しい風景と、まるで現代アートのように斜面に設置されたソーラーパネルの風景に出会います。
東北の復興でも成功事例になっているのは、その土地の持っている豊かさや人のつながりを大切にしながら、新たな価値を産み出し、メディアを有効に使ったプロジェクトです。
水増集落は限界集落。まさに崖っぷちですが、日本のよき暮らしを大切にしてきた住民と最先端の考え方を持っている地元のベンチャー企業、テイクエナジー社が、家族のように親密にコミュニケーションをとり、知恵をだしあいながら活動していることに新たな可能性を感じます。
最近、八天狗が幻の大豆であることが判明しました。先祖から連面と受け継がれてきた農業を守ってきたからこそ、こうした大豆が発見されるのです。
都会の有名レストランより、幻の大豆を食べてみたい欲望がわいてくるから、日本の食文化の豊かさは不思議な神通力を持っています。
翻訳家
環境ジャーナリスト
2015年に東京都市大学枝廣研究室の学生が水増に滞在して、地域の魅力の研究調査を行い、水増と都市との交流がスタートしました。さらに、2016年5月には東京都の世田谷区で、枝廣研究室と水増が協働して、水増の農作物を使った「こども食堂」を企画し、都会の子どもたちが水増の食材を堪能するというイベントを開催しました。
これは、従来の都市ー地方の概念にありがちな「都市が地方を支援する」関係性ではなく、「地方が都市を支援する」新たな形を模索する、地方創生の実験的な取り組みであるといえます。
「頼るのではなく、自分たちで立つ」という気概を持ち、そのためには食やエネルギーなどを含め、いろいろな意味での外部依存度を下げていくことを、水増は実践されているといえます。その結果、「自分たちの地域の手綱は自分で握る、自分たちで決めていくんだ」という、取り組みに対する誇りと主体性を感じます。
いまは地方の疲弊や消滅が問題視されていますが、今後は都市の問題のほうが大きくなるでしょう。首都圏に住む私たちが、水増のような集落から学んでいくことが大切なのではないでしょうか。